山片蟠桃(やまがたばんとう)の『夢の代』

 江戸時代の山片蟠桃という人物は高校の日本史の教科書には必ず出てきます。19世紀前半の大阪の両替商升屋の番頭として主家の再興に力を尽くし、業界の中でも活躍して名を馳せた人物です。今でいえば、地方銀行の頭取みたいな仕事ですね。蟠桃という名前、これは号ですか。この名前も「番頭」のもじりでしょうね。しかし、彼はその業績故に歴史の教科書に名を残した訳ではありません。
 升屋の当主の理解もあり、懐徳堂に学び 中井竹山の弟子になり、麻田剛立に天文学を学びました。
 山片蟠桃が歴史に名を留めたのは、彼の思想、とりわけ彼の晩年の著作『夢の代』(1820年)が江戸時代において画期的な唯物論的な立場を明らかにしたものとして評価されているからです。仏教、儒学、神道などの解く非科学的な世界観を鋭く批判し、徹底した合理主義的世界観を開陳しました。そこには霊魂は死後存在しないこと自然現象と人間の運命を関係づける迷信も排撃されています。
 『夢の代』は天文、地理から経済、社会に至るまでの百科全書的内容ですが、その巻頭に天文学に関する知見が展開されています。志筑忠雄『歴象新書』などを引用しながら、独自の宇宙論を論じています。
 ここで、蟠桃は太陽のような恒星は宇宙の中で例外ではなく、宇宙の三元的広がりの中で無数に存在すること。その中には地球のような惑星系が必ずあるはずであり、当然、その中に地球のような生物が存在しているはずでありと述べています。
当然、その中には人間のような知的生命が存在しているはずであるという事を含意しています。
 要するに、事実上人間以外の知的生命体はいるということを言っている訳です。蟠桃は西洋天文学の影響を受けながらこうした認識に到達した訳です。江戸時代にもこうした科学的で楽しい宇宙観をもった人物はいたわけです。
 ただ、残念ながら『夢の代』は公刊された訳ではありません。だからその学問的業績を知る人は周囲のごく僅かな人々でした。私達はこうした史実を精確に知らねばなりません。そういえば、あのフリードリッヒ・エンゲルスも『自然の弁証法』のなかで人間以外に宇宙には知的生命体は存在するはずであるという意味のことを言っていますね。
 17世紀末、太陽系は特別な存在ではなく、こうした恒星系は宇宙のそこかしこにあるはずだと現代的な宇宙観からみたら当然の宇宙観を堂々と論じたドミニコ修道会のジョルダーノ・ブルーノは異端審問の末に火刑に処せられました。ブルーノが処刑される直前「私に死を宣告したあなたたちの方がふるえているではないか。本当はどちらが正しいか分かってるのではないか」と言ったことが伝えられています。

 

ベストの広場

塾長コラムより

 

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